ひとつの島から始まった長い旅路

東日本大震災の被災地
宮城県石巻市。
ここが、私たちにとっての
「始まりの場所」です。
一生、忘れることのできない土地。
最初は、毎年通い続けることになる
なんて思ってもいませんでした。
けれど、初めて訪れたあの日。
目にした光景と胸に抱えた想いは、
消えることなく
私の心の中に留まり続けました。
そして気づけば7年目。
今も、毎年のように足を運び続けています。
離島から始まったボラティア
2019年12月、
震災から8年が経った頃。
私たちが最初に降り立ったのは、
関西から遠く離れた
宮城県の離島・金華山でした。
週に2回しか定期便はなく、
定期便がない日は、
フェリーをチャーターしなくては、
渡ることさえ、できない島
電車を乗り継ぎ、レンタカーで走り、
海上タクシーに揺られて。
関西から片道およそ8時間かけて
移動する。
電車、車、船を乗り継いでの長旅です。
泊まりがけで活動するしかない場所でした。
その長い旅路が、
私たちの「覚悟」を試しているようでも
ありました。
フェリー乗り場に向かう途中、
タクシーの中から見た光景が
今でも忘れられません。

突きつけられた真実
整い始めた市街地の景色は、
やがて変わっていきました。
目に映るのは工事中の所ばかり
真新しい建物がある中、
手付かずの土地もあり…
アンバランスな風景が広がっていました。
「復興は…止まっている?」
そう思いながら窓の外を眺めていた矢先、
タクシー運転士さんの一言に
衝撃を受けます。
「ここは、町がひとつ
なくなったみたいなもんでね…」
言葉を失いました。
2015年、私は
復興支援の目的で開催された
アーティストのライブに参加するため、
一度だけ宮城を訪れたことがあります。
その時に見た街並みは整っていて、
震災の影をほとんど感じさせませんでした。
テレビやSNSで流れるのも、
「復興した宮城」の姿ばかり。
けれど、違っていた…
それはほんの一部。
画面の向こうでは映らない真実を
突きつけられた気がした…

あの時芽生えた確かな想い
ようやくたどり着いた金華山。
震災の影響で参拝客の足は止まり
神社だけが寂しげに佇んでいました。
まるで震災から
時が止まっているかのように。
その時に芽生えた一つの想い。
「今、私たちにできることを届けたい」
それが、すべての始まりでした。
神社の掃き清める作業から
始まったボランティア。
あの日の想いは、
今も続いています。
今年で気づけば7年目。
あの日知ったのは、
震災が残す爪痕は、
想像以上に長く深いという事実。
それを忘れずに
必要とする方の元へ
これからも想いを届け続けたい。
それが、
私たちROHプロジェクトの歩みです。
最後まで読んでくださって
本当にありがとうございます!
